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独立時計師・菊野昌宏さんのプロフィールや経歴がすごい!値段や購入方法などもまとめました【1/27情熱大陸】

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1月27日(日)の『情熱大陸』に、独立時計師である菊野昌宏さんが出演されます。

菊野昌宏さんは30歳という若さで独立時計師の世界に踏み込み、1本500万円や1000万円以上もの値段がつく時計の製作を手がけています。

とても複雑な機構を持つ時計の全製作工程を1人でこなす「独立時計師」という職業を初めて知りましたが、直径数ミリほどのギアを手作業で作ったり、髪の毛ほどの細さの金属棒を削り出したりととんでもない世界でした。

菊野昌宏さんはどのようにして独立時計師となったのか。
1本数百万から1000万円以上もの値がつく時計とはどんなものなのか、また、どのようにして購入できるのか。

気になることがたくさんありましたので調べてまとめてみましたよ。

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もくじ

菊野昌宏さんのプロフィールと経歴

  • 名前:菊野 昌宏(きくの まさひろ)
  • 誕生日:1983年2月8日
  • 出身地:北海道深川市
  • 出身校・経歴
     北海道深川西高等学校
     →自衛隊入隊(~2005年)
     →専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ(~2008年)
     →独立時計師協会(AHCI)準会員(2011年)
     →独立時計師協会(AHCI)正会員に昇格(2013年)
     →和時計改(1800万円)発表

菊野昌宏さんは幼い頃からものづくりが大好きな子どもだったそうで、プラモデルやレゴブロックなどで想像しているものを形にすることが得意だったようです。

しかし高校卒業後はなぜか自衛隊へ入隊。

決してものづくりが嫌いになったわけではありませんし、むしろ高校生になっても大好きだったのですが、進路を考えたときに「(構想や設計、組み立てなどが分業化されている現代で)一つのものを一人で作ることは難しい」とあきらめて、自衛隊に入ったそうです。

たしかに自動車一台を作るのにも、構造を考える人、デザインを考える人、部品を作る人、組み立てる人…と、すべての工程が分けられれて効率化されていますもんね。

そんな消極的な理由で入隊した自衛隊では、小型の銃の整備を担当していたそう。

ものづくりが好きな菊野さんらしいですよね。

 

そんな菊野昌宏さんがどうして時計に興味を持ったのでしょうか。

 

あるとき自衛隊の上司に何十万とするオメガの時計を見せてもらったことがあり、菊野さんはそのときに初めて機械式時計というものの存在を知ったそうです。

その後本屋さんで機械式時計の雑誌を手に取り、時計内部の緻密さや精密さに魅せられた菊野さんは、それから自身でも機械式時計を買うようになりました。

そうしてどんどん時計の中身への興味がわいてきたころ、構造設計や部品の削りだし、組み立てなどをすべて一人で行う「独立時計師」の存在を知ります。

一度は一つのものを一人で作ることを諦めた菊野さんでしたが、時計ならば一人で作れることを知ってすぐに自衛隊を辞め、機械誌時計の修理を学べる専門学校に通い始めました。

 

そうして菊野さんは専門学校で時計のことを学んでいくのですが、知れば知るほどに時計作りがいかに難しいかを知って諦めかけていたそうです。

そんなとき、江戸時代に「万年時計」を作った田中久重さんのドキュメンタリー番組を見て「江戸時代にこんな精密な時計が作れて、今作れないというのは言い訳でしかないのではないか」と思い直した菊野さんは、専門学校の設備を借りて初めての時計作りに取り掛かります。

腕時計型にした不定時法表示の和時計をたった3ヶ月ほどで作ったという菊野さん。

その手腕がスイスの独立時計師であるフィリップ・デュフォー氏の通訳を務める方の目に止まり、デュフォー氏のスイスのアトリエに招待を受けた菊野さんは、「バーゼルワールド」という世界最大の時計・宝石の見本市へ出展してみないかと誘いを受け、出展を決めます。

そして2011年のバーゼルワールドで二層構造の「和時計」を出展。

また2015年のバーゼルワールドでは、より本体の厚みを抑えて二十四節気も表示可能となった「和時計 改」を発表。

ここでようやく自分独自のアイデアと仕組みを形にすることができ、「自分の時計を作ることができた」と思えたそうです。

今も菊野昌弘さんは幅広い分野に興味を持ちながら、固定観念にとらわれず自由な発想と視点でストイックに時計を作り続けています。

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菊野昌宏さんの時計の購入方法は?お店はある?

引用:菊野昌宏

菊野昌宏さんの作る時計を見たり購入したりできる店舗はありません。

Masahiro Kikuno 菊野昌宏という菊野昌宏さんのホームページに、これまでの作品や製造工程の写真などがありますので興味のある方はこちらをご覧ください。

こちらは製作工程の写真の一部ですが、これらを眺めているだけでもため息が出るほど緻密な作業だということがわかりますね。

 

また菊野昌宏さんの時計は基本的に受注生産です。

もし「いくら払ってでも菊野昌弘さんが作る時計を購入したい」という方は、ホームページのCONTACTよりお問い合わせください。

※2019年1月現在は新たな注文を受け付けていないそうです。また受注再開予定は未定とのことです。

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菊野昌宏さんが過去に作った時計や値段をご紹介!

国内外を問わず注文が来ると言われる若き独立時計師・菊野昌宏さん。

そんな彼が作った時計とはどんなものなのか。気になりますよね。

それでは早速ご紹介していきたいと思います!

不定時法腕時計 和時計

引用:菊野昌弘

2011年にバーゼルワールドで発表されたという「和時計」ですね。

2011年、日本人時計師・菊野昌宏が開発・製作に成功した「不定時法腕時計(和時計)」は、12の干支が書かれた駒(インデックス)が季節の変化に伴って自動的に移動する「自動割駒式和時計(じどうわりごましきわどけい)」です。
 不定時法とは、夜明けと日暮れ(昼)、および日暮れと夜明け(夜)までの間を6等分し、それを一刻(いっとき)とする時刻の表示機構ですが、日の出と日の入りの時刻が季節によって変化するため、一刻の長さは日々、変化していきます。江戸時代に日本で製作された和時計は、これに対応するため、季節ごとに干支の間隔が異なる文字盤に交換したり、移動式の駒を手動調整する機構などを開発しましたが、菊野昌宏が製作した「不定時法腕時計(和時計)」はかつての和時計を参考に、この機構を腕時計サイズにまで凝縮した世界初の腕時計です。この機構における駒は、夏至では昼の駒の間隔が広がり、夜の駒の間隔が狭まります。冬至では逆に、昼の駒の間隔が狭まり、夜の駒の間隔が広がります。
 また、この時計にはブルースチール仕上げされた不定時法針の他に、通常の時分針も装備され、定時法による正確な時刻も同時に読み取れるように配慮されています。

■スペック
名称:不定時法腕時計(和時計)
サイズ:縦50.0×幅44.0×厚さ16.0㎜
ムーブメント:手巻き ETA製Cal.6498ベース
        オリジナル・デザインのブリッジ組み込み
        不定時法による時刻表示
        通常の時分針も装備
ダイアル:ハンドペイントによる十二支時刻表示
針:手作業によるブルースチール仕上げの不定時法針と
  金色仕上げの定時法針
他仕様:シースルーバック
非売品

<引用:菊野昌弘

和時計 改

引用:菊野昌弘

こちらは2011年発表した「和時計」を改良し、薄型化・小型化した「和時計 改」です。

動画も見ていただきたいのですが、不定時法を表現する時計の動きの美しさに魅せられますよ。

◼︎スペック
名称:和時計改
サイズ:縦42.0×横34mm
ケース:酸化青銅、ステンレススチール
防水性:3気圧防水
ムーブメント:cal.mk15
28800f/h
26石
手巻き

定時法表示
不定時法表示(北緯51.3度〜南緯51.3度まで対応)
一年針による二十四節気表示
文字は金川恵治氏によるエングレービング
年産1本 受注生産
予定価格:18,000,000円(税抜)

<引用:菊野昌弘

ものすごいお値段です…!

和時計改 暁鐘

引用:菊野昌弘

こちらは「和時計 改」を受注生産された「和時計改 暁鐘(ぎょうしょう)」です。

金色のケースに麻の葉の模様が映える作品ですね。

スペックは上記した「和時計 改」と同じと思われます。

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まとめ

以上、『情熱大陸』に出演される独立時計師・菊野昌宏さんについてまとめました。

菊野さんの経歴も作品も、私のような凡人が住む世界とはかけ離れた世界のできごとやモノのように感じて、記事を書いていてとてもおもしろかったです。

そして、素直にかっこいいなと思いました。

今の私ではお値段的に全く手が出ませんが、いつかこれぐらい価値あるものを一つは持ってみたいですね。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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